happy_meal
色んな人にチヤホヤされたいなんて甘っちょろい考えむき出しで活動しているKITOTANですので、俗に言う売れ線の曲をチェックしてあれこれ考えてみたりすることが有ります。

最近のボカロ曲のリスナーは主に小中学生、という話をよく聞きますが、まあ確かに売れ線の曲は見事に中学生向けに作られているよーな気がします。

まずはネガティブな歌詞。ネガティブというか青春のモゴモゴした感じ、というのはやはり思春期特有の物で、大人になるとネガティブな状況になりましてもさあ、やるっきゃねえ、って位の感じである意味開き直ってしまう必要があるかと思います。あと死ぬ時は死にたいじゃなくてぽーんと死んじゃいます。大人は。

また、不幸な出来事や死、といった大人になるとマジ勘弁なシュチュエーションというのは子供の大好物です。なんせ責任を負う必要が余りない為それらを只のエンターテイメントとして素直に受け入れが可能ですから。

そういった幼さ特有の無責任さからくる「僕・私って可哀そう」という自己憐憫というのも非常に重要ですね。ですのでネガティブなリリックの楽曲、あまっちょろいメランコリックさたっぷりの楽曲、というのが評価されるというのは当たり前かと思うんですね。油ぎった中年社長に聞かせれば「アホか」で一蹴です。我々の世代でいくと尾崎豊なんかが盗んだバイクで走り出したりしておりましたね。懐かしい。

また「凝ったPV」というのも若年層向けであります。大人は音楽だけで想像し楽しむ事が出来ますが、若年層ですと「解説」が必要となりますので。

あとはやはり設定でしょうか。楽曲内の登場人物のアニメ・ラノベ的設定。コレも中学生は大好物でしょう。中学生というのは多分「どこか特別な自分」に対するあこがれの情念が人一倍強い時期です。ですので「特別な人間・設定」に対するあこがれは人一倍であります。

かといって「特別な自分」というのは非常にリスキーですし、動物園の様な学校カースト内において突っ張った趣味でマイノリティ化するのは危険です。ですのでそういった設定に「共感して応援」する事で穴埋めでしょう。

ウチのリーダーはアクセスファンだっただけで苛めを受けたらしいですし、私はビジュアル系全盛の時代にUSのロック好き過ぎてはじかれました。大人ですと「こんなかっこいい曲をDIGってみた俺」っていう楽しさがありますが、学校カーストではみ出しは厳禁。下手すると苛めの対象になりかねませんので「カゲプロやべえ」とか言っておくと安心でしょう。そういった若年者特有のはみ出せない感も昨今のボカロ楽曲の再生数格差に非常に大きな影響を与えているのではないかと。

正直このボーカロイドで音楽を作るシーン、というのは今後あまり発展しないんじゃないかと思うんです。何故か。そもそもが小中学生がリスナーの中心である現実を思うと有料サービスが消費されずらい、ほとんどのボカロPは実質仕事をしながら楽曲を制作しているので時間を換金化しないと活動もモチベーションも続かない。リリースされる作品が少なくなると下火になる。既に有名な方々はメジャーの傘下に入るなどしてプロ化。プロ化したらボカロなんてどーでも良くなる。無料でコンテンツを発表しなくなる。発表される作品が減少、また新規参入でも格差にあえいで活動停止、ってなフローが見え見えです。

最終的にボーカロイド楽曲を聞く、という文化が大人に普及しない限り今後のシーンは無いような気がするんです。ある意味創世記に戻る必要があるという事ですかね。

全ての音楽を総合的に見た場合、ボカロ音楽というのは非常に限定的なシーンであって恐らく全体の数パーセント程度でしょう。しかもその他の音楽には夭折した天才とか、ヨーロッパの新興音楽とか、超快楽的なダンスミュージックとか、アカデミックで絶対間違いない奴とか、レコーディングに超金かかってるとか、肉ドレス着てる、とかとにかく沢山ある訳です。

そういった物と他人の財布の中身というパイを奪いに行く闘争がはたしてプロ化できなかったボカロPに出来るか、っていうと中々難しいんじゃね?って思いますねえ。品質の面とか内容とかとか。

ブームがされば企業が引き返して行ってある意味健全な状態に戻るでしょう。それはもともとのニコニコ動画的な世界です。ただそこになんらかのチャンスを得ようとしても難しい感じになるのではないかと。

なんか企業・若年層というイナゴが畑を食い散らかしている様なイメージですね。

そういったモロモロで非常に悲観的に現状を見つめざるを得ませんがだって曲を作るのは楽しいし、って事で〆たいと思います。バイバイ。

TEXT BY 佐々木