カゲロウデイズ・如月アテンション・チルドレンレコードで超有名な「じん(自然の敵P)」さんですが、その楽曲クオリティと定評のある調教っぷりが仇となり、一部で「これもうボカロじゃなくてよくね?」的な見解がちらほら。V3エンジンによるカイトのリリースも決まり、ようやく真実味が増してきたV3ミクのリリース発表に胸を踊らせながら「わかるわ〜1年前からそう思ってたわ〜辛ぇわ〜」と鼻くそホジホジして流し読みしたBlogがあったので一部抜粋して紹介したいと思います。

以下一部抜粋

でももうこの動画の中にVOCALOIDはいないわけで。いないんですよ、どこにも。PVとして繰り広げられている学園物語はVOCALOIDが関係ないものだし、ボカロが扮したキャラも登場しない。

いつからこういう風潮が流行り始めたのはわからないけど、カゲロウデイズもそうだったよな、と。Pがオリジナルコンテンツを構築し、その主題歌を唄う歌手としてVOCALOIDが採用されるという構図。

テレビアニメ見てるとその裏に声優の存在が透けて「テラ子安」とかコメントしたくなりますが、ボカロ使ってるとそれがないんですよね。無人格性とでも言うのかな。コンテンツが誰のものでもなくなり、誰もが自由に入り込む余地があるような、そういう感覚。これまではボカロ曲という存在が無人格なものでしたけど、今って無人格なコンテンツも生み出せるようになったんだなーとか、感心しました。

ここに来て、ようやくVOCALOIDはアイドルでも女の子でもなく、ただの楽器になることができたんじゃないかって思う。

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やっぱこういう考察って出てくるのよねー(誰

もちろんアイドルにしろ女の子にしろ楽器にしろ、どれも正解だし、正義だし、いい曲はいい!だし。けどそうなってくると原理主義者的な(懐古厨ともいう)人たちがその一翼を担うわけで、詰まるところおそらく先に話をした「V3ミク」さんが登場したらクリプトンさんのウェブサイト炎上するんじゃねーかオイと思うわけです。するとどうなるんでしょう。考えただけでそりゃあんたもうジハードですよ。

新しいテクノロジーやエクスペリエンスは新鮮で刺激的ですが、その代償というのは思いの外デカイのが世の常です。まぁ仮にもしそのような「V2派と3派」で激しい対立があったとしても、それもまたミクさんが天使だからこその為せる業というものなんでしょうかね。(Text: きとたん)